大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2700号 判決

原告 江川銀吉

右訴訟代理人弁護士 牧野寿太郎

被告 谷村秋雄

右訴訟代理人弁護士 高橋勉

右訴訟復代理人弁護士 堀内俊一

主文

被告は原告に対し別紙第二物件目録記載の建物を収去して別紙第一物件目録記載の土地を明渡し、且つ昭和四一年一月一日より右土地明渡済に至るまで一ケ月金二、三二五円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りにこれを執行することができる。

事実

第一、申立

原告は主文同旨の判決および仮執行の宣言を求めた。

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の主張

一、原告は被告に対し別紙第一目録記載の土地を存続期間の定めなく、普通建物所有の目的で賃貸した。

昭和四〇年一月以降、本件土地の一ケ月分の賃料は金二、三二五円(坪当り三〇円)支払方法は一月から一二月までの賃料をその年の末日までに一括して支払う定めであったが、被告は原告に対し昭和四一年一月から同年一二月までの賃料合計金二七、九〇〇円を同年末日を経過するも支払わなかった。

原告は被告に対し昭和四二年一月二六日内容証明郵便をもって昭和四一年分の賃料合計金二七、九〇〇円を右郵便到達の日から三日以内に原告方に持参して支払うべき旨催告し、これは同月三〇日到達したが、被告はその受領を拒絶した。原告は被告に対し昭和四二年二月三日、内容証明郵便をもって本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、同書面は四日到達したが、被告はこれの受領を拒絶した。被告は昭和四二年二月四日以降本件土地を占有すべき何らの権限を有しないのに拘らず、本件土地上に別紙第二物件目録記載の建物を所有し、本件土地を不法に占有し、原告に対し一ケ月金二、三二五円の賃料相当額の損害を与えている。

よって原告は被告に対し、別紙第二物件目録記載の建物を収去してその敷地たる本件土地を明渡し、且つ昭和四一年一月より同四二年一月までは賃料として、同年二月より本件土地明渡済に至るまでは賃料相当額の損害金として、一ケ月金二、三二五円の割合による金員の支払を求める。

二、被告の過大催告の主張は否認する。

本件土地には三棟の建物が存在し、昭和二五年七月一日以降に建築されており統制令の適用はない、仮りにその適用があるとしても被告はその地上建物を統制令を越える賃料および権利金をとっているのであるから、右主張は信義則に反する。

三、更新料の請求又は地代値上の請求をしたことはない。

四、被告が昭和四二年一月四日に、昭和四一年分の賃料合計二七、九〇〇円を供託しその旨の通知が原告に到達したことは認めるが賃料の提供又は、これに対する原告の受領拒絶等の事実がないのに行われたから弁済としての効力を有しない。

原告は被告に対し更新料名義で金員の支払いを要求したことも、地代値上げを要求したこともなく、ただ従前の約定どおり月額二、三二五円の割合による賃料の支払いを要求したところ、被告は同人と訴外太田間に賃借権譲渡をめぐって紛争が存在することを理由に右賃料の支払を拒絶し、いきなり右賃料を供託したものである。

五、賃料額についての自白の撤回は異議がある。

第三、被告の主張

一、賃料額については先に自白したがこれを撤回する。その余の原告の請求原因事実は認める。

二、本件土地上の別紙第二物件目録記載の建物は昭和二五年以前に建築されたものであるからその敷地たる本件土地には地代家賃統制令の適用があり右法令による本件土地の適正賃料は月額一、〇六八円(円位未満切り捨)である。

原告の主張する賃料月額二、三二五円中右適正賃料を超過する金一、二五七円は地代家賃統制令違反で無効であり、原告は一ケ月二、三二五円の割合による賃料の支払を催告し適正賃料の二・二倍に相当する過大催告であるから、契約解除の前提たる催告としての効力がない。

三、本件土地の賃貸借は期限の定めないものとして契約されていたのであるから昭和五一年までは有効に存続する筈のところ、原告は被告の無知に乗じて故意に本件契約期間の満了を主張して更新料名義に巨利をえんとし或いは他方において賃料の値上げを請求する等して被告を窮地に陥らしめ被告が賃料を供託するやこれをとらえて契約を解除する如きは所謂信義誠実の原則に反し権利の濫用にあたるから許されない。

四、昭和四一年一一月頃から原告は被告に対し坪当り一〇、〇〇〇円という巨額の更新料を請求し、他方において坪当り五円の地代値上げを要求して譲らず、被告が地代を持参しても原告がそれを受領しないことは明らかであるので被告はやむなく昭和四二年一月四日弁済のため昭和四一年一月より同年一二月までの賃料合計金二七、九〇〇円を供託し、その旨原告に通知したのである。原告の本件催告は、右供託より後に行われたものであるから無効である。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、被告の自白の撤回が許されるか否かにつき判断する。被告が昭和四一年一月から同年一二月分までの約定賃料として金二万七、九〇〇円を供託したことは被告の述べるところであるから、約定賃料額は一月金二、三二五円であることが認められるから、右撤回は許さない。

その余の原告主張事実は被告の認めるところである。

二、賃料支払の催告および契約解除の意思表示が被告に到達したか否かについての判断。

民法第九七条所定の意思表示の到達は意思表示の受領者がその意思表示を受領しうる状態におかれることをもって足りそれ以上に意思表示の内容を現実に認識することを要しない。

本件の場合、前記二通の内容証明郵便は昭和四二年一月三〇日と同年二月四日にそれぞれ被告本人に配達されたのに拘らず、被告は何ら正当な理由なくしてこれら二通の郵便の受領を拒絶したのであって、右書面が配達された時に被告は右書面の内容を了知しうべき状態におかれていたものであるから、その時到達したといわなければならない。

三、原告の被告に対する賃料支払の催告は過大催告で無効であるとの主張についての判断。

〈証拠〉によれば、本件土地上には四棟の建物があり、そのうち二棟の建物が昭和二五年以後に建てられたことが認められるから、本件土地について地代統制令の適用があるとたやすく認め難いのみならず、弁論の全趣旨によれば、被告は従前約定賃料を異議なく支払っていたのであるから、統制賃料額が金一、二七五円であるとしても、右催告をもって過大催告ということはできない。被告の右主張は理由がない。

四、弁済供託による賃料支払債務消滅の主張についての判断。

右主張に沿う〈証拠〉は、〈証拠〉に照して信用できず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。かえって、原告本人の供述によれば、昭和四一年一二月二二日被告の妻谷村昭子が原告に対し賃料を供託する旨予告したこと、原告はその事情が納得できないので同月三〇日頃被告方に行き賃料の支払を求めたこと被告は原告のまったく関知しない訴外太田と被告間の賃借権の譲渡をめぐる紛争を理由に賃料の支払を一方的に拒否していたこと、原告はその紛争は自分に関係がないからといって支払を請求したこと、被告がこれに応ぜず供託したことが認められる。右主張は理由がない。

五、原告のなした本件土地賃貸借契約解除の意思表示は権利濫用にあたり無効であるとの主張についての判断。

これに添う〈証拠〉は、〈証拠〉に対比し措信し難く、他にこれを認めるべき証拠はない。右主張は理由がない。

六、以上によると原告の請求は理由があるのでこれを認容する。〈以下省略〉。

(裁判官 渡辺一雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例